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コヤマングローバルの日記

うつで、入院も経験、2年9ヶ月休職して15年6月から復職した、外資系の会社に勤める者です。うつとよりそいながらの日記や社会・政治・経済・書評・スポーツなど諸々のことを思うままにアップします。

うつうつ日記②:通勤訓練は東京圏だけか?

http://www.flickr.com/photos/34909191@N06/5607259711

photo by TheDanLevy

精神科に入院してしばらくし、主治医の先生の許可が出ると、外泊ができるようになります(主に週末)。わたしの場合、はじめての外泊は14年8月22日でした(ノートに書いてあった)。入院してから約2か月後でした。

その人の程度によって違ってきますが、わたしの場合、遅いペースでした。

なんせ、入院前の初診時に、主治医の先生は、「減薬が目的だから、入院は5-6週間ぐらいですむかな。」と、言っていたぐらいでした。

まさかその時は、入院期間が6か月にもなるとは思いもしませんでした。

1週間ごとに1-2錠ペースで薬を減らすことを、先生は考えていたようですが、2錠程度の減薬でも全然寝れず(消灯後、夜中に必ず頓服薬としてセロクエル2錠を2回はもらっていました)、体が減薬に慣れるまで時間がかかりました。

外泊から病棟に戻ってくる時間は、最初から数回までは(たしか)15:30戻りで、ゆったりとしたスケジュールでした。ただ、数回経験すると、退院→リワークプログラム→復職へ至る訓練として、外泊から朝に病院へ戻ってくる日程を組むように、看護師さんからやんわりとしたプレッシャーが来ました。

わたしは、何回も断って、延ばし延ばしにしていました。

なんせ、人混みにからっきし弱くなっていたのに加えて、2年間も、朝の通勤時間帯のラッシュの電車に乗ったことがなかったのです! 

正直、通勤電車が怖かったです。昔のわたしはどこへやら、完全なヘタレでした。。

(だいたい、朝の通勤時間帯に起きることは、2年間ほとんどなかった…)

そんなこんなで、ずっとずっと外泊からの戻りを日曜夕方にしていました。

しかし、(11月位だったかな)いいかげんしびれを切らした男の看護師さんが、「外泊して夕方のんびりと帰ってくるだけじゃ、社会復帰訓練にならないですよ! もういい加減、次のステップに踏み出さないと退院もできませんよ!」と言って、渋るヘタレなわたしを押し切って、月曜日の朝戻りの外泊届けにするようにしました。

いざ、その時になって、通勤ラッシュの電車を駅のホームで見ると、足がすくみました。でも、なんとか踏み込んで電車に乗り、池袋で乗り換えて病院がある五反田まで(約1時間)、無事着きました。ただ、どっと疲れました。

 

もう今では、リワークへ行く五反田までの電車に、最初の時ほどの疲れはないです。けど、やはり、朝の通勤電車のラッシュは今でもいやです。

んで、満員の電車もさることながら、西武線の終点の池袋で降りて、山手線に、足早に整然と無言でいくひと、ひと、ひと。これもダメ。。

わたしは、2002年1月から2012年6月までの10年間と半年、東京圏を離れていました。名古屋と浜松に住んでいました。

その期間は快適な朝の通勤でした(名古屋では朝の通勤ラッシュもあるにはありましたが、東京圏に比べると全然スペースにゆとりがありました。浜松では、住居から会社まで徒歩で通っていたので通勤ラッシュは皆無でした)。

そして、東京に戻って約3か月でうつ再発で、その後2年間朝の通勤電車に乗らないってことは、(間に3か月の経験あるにせよ)合計12年と半年、朝の通勤ラッシュから逃れられていたのです。こりゃ、数か月ぐらいじゃ、慣れないわけだ。

東京の他のクリニックのプログラムの内容も聞いたことがあるのですが、回復訓練の一環で、朝の通勤電車で通うことに慣れることや人混みに慣れること、があります。

これって、東京圏以外の患者さんには、無いんじゃないでしょうか?

浜松でうつを発症した時は、復帰2-3週間前くらいに主治医の先生に言われたのは、「朝早めに起きて、周囲を散歩することを毎日続けてください」ぐらいでした。

東京は面白いところたくさんあり、基本好きなんですが、通勤ラッシュと朝のあの人々だけは、今のうつうつなわたしにはつらいです。

あの池袋駅の人々は(東京どこでもそうなんですよね)ロボットみたいだと、いつも思いながらも、遅れまいとついていく、わたしです。

 

ではでは。