コヤマングローバルの日記

うつで入院も経験し約3年の休職後、2015年6月から復職。仕事にプライベートに充実していましたが、2021年に再発本格化し現在2度目の長期休職中。うつとよりそいながらの日記や社会・政治・経済・書評・スポーツなど諸々のことを思うままにアップします。

入院から4年 そして 復職から3年。

Hydrangea

こんにちは。

ここ2年は大晦日の更新が続いて、今回は約半年振り、最近として早い更新かと自分を褒めております。今日は私の小さな記念日ということで振り返りたくなり書きました。

 

私のうつの回復のめどが立たずにっちもさっちもいかなくなって入院したのが、14年6月25日で約4年になります。

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 入院した14年6月25日、サッカーW杯日本ーコロンビア戦途中の朝早くに父に起こしてもらいました。モーローと支度をしながら日本敗戦の結果をNHKで聞いた覚えがあります。とにかく大きな感情を動かすことができなかったので、敗けてもああそうね弱いねというぐらいだったと思います。椎名林檎さんのハイテンションのテーマ曲も当時の私にはとにかくしつこすぎて耳に入ってくるだけでつらかったです。

(当時睡眠剤11錠飲んでいた私は入院日一人で朝早く起きられる自信が全く無く実家に戻り高齢の父に起こしてもらいました。朝の電車に乗れる気力体力も無く実家から病院まで車で送ってもらいました・・・情けないの一言)

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↓上添付の15年5月29日の記事に書いてある14年W杯日本戦の回想部分を引用します↓

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ーW杯日本戦で生で満足に見たのは本田のゴール後のドヤ顔だけだったー

昨年のブラジルW杯、日本の初戦、コートジボアール戦。

6月15日10時キックオフ。9時半位から携帯のアラームを10分ごとに鳴らして、キックオフ直前になんとか身体を起こして、テレビをつけて、もうろうとしてまた横になる。

しばらくして、テレビの声が大きく響いたので、何とか目を開けテレビに顔を近づけると、、本田のドヤ顔と「ゴーーーール」のアナウンサーの声。あー決めたんだ、よしこれから見なきゃと思ったけど、身体が全く言うことを聞かず。また横になってしまい、音だけをもうろうとしたなかでひろってました。

最後は、アナウンサーの「残念でした」の声が、薄れた意識の中で聞こえてきて、あー、負けたのか...と思って、また睡眠へ。。この、入院直前の時期、睡眠薬は上記と同じく11個、午前中は爆睡している時間帯でした。。

 

残りの、、ギリシャ戦は20日7時キックオフで起きれず。ムリでした。

コロンビア戦は25日5時キックオフ。この日は入院日で、朝9:30に病院で入院手続きをしなきゃならない。確実に起きるために実家に宿泊して、なんとか朝6時か6時半には起きました。時間的に、試合終わりのほう見てたはずだなんだけど、記憶にないです。

というわけで、昨年のW杯の日本戦は全くと言っていいほど生で見れなかったです。

ブラジルW杯全般的にも、前半戦はほとんど寝てて見れず、後半戦は入院生活に入ってあまりテレビ見れずでした。ブラジルW杯のTV観戦は、全くのヘタレのタレで、過去のW杯TV観戦歴に比べると圧倒的に少なく、こんなこと初めての経験でした。

あれから4年...(日本代表はまた芳しくないかもですが)W杯日本戦を見れること、W杯全体を楽しめるのは(体力気力充実の若かった時に比べると多くの試合をずっと見続けるのは厳しいですが)ほんとに感慨深くうれしいです。14年のW杯後半戦も、入院した病院で自分のテレビ(プレペイドカードを差し込む方式)で物理的には見れたのですが、入院したばかりでサッカーをテレビで見る体力気力がまだ復活せず、夜のニュースで5-10分見るだけで精一杯で、結果にも感情がそれほど動きませんでした(嫌いなドイツの圧倒的な強さにも距離を置きたかったかもしれません)。

 

余談になりますが(今まで書いていなかったので)、当時、睡眠導入の目的で飲んでいたのがベゲタミン、、3錠飲んでいました。入院時に主治医の先生と担当看護師さんから「今どきベゲタミンを、それもこんなに飲んでいるのは信じられない処方だ」と何回も言われて私が叱責された感覚でした(リワークの友達にもあとで言われました^^)。入院の目的のひとつに減薬があったのですが、多剤な薬の中でまずベゲタミンを減らすのが第一優先でした。しかし夜がまったく寝れなくなり目がらんらん、しんどかったです。

↓「過剰摂取時に致死性の高い薬」「飲む拘束衣」ですか....↓

そんな恐ろしい薬を3錠も......なんせ当時はネットで調べる気力も無かった...

 

ベゲタミン - Wikipedia

 

yomidr.yomiuri.co.jp

www.jspn.or.jp

うつやメンタル疾患で服薬している方はくれぐれも多剤服用にならぬように、長期多剤経験者の私が強く申し上げたいです。(↓16年4月から、抗精神病薬抗うつ薬抗不安薬、睡眠導入薬すべてが、それぞれ2種類までしか処方できなくなったようですが↓)

www.comhbo.net

私は、せいぜい精神系で2種類、睡眠系で2種類がいいところで、ここからさらに薬を多くしてもあまり効かないような気がします。その2種類で効かなかったら、1種類または2種類を違う薬に変えて、薬の量を抑える努力をしていく必要があります。効かない不安から安易に薬を多くしていくと、以前の私のように薬の沼地に溺れてしまい浮き上がれない状態が続いてしまうと思います。物を増やしていくのは簡単で、減らす捨てるのはけっこうしんどいのと同じ心理だと思います。ただし本人は日々つらく、そこまで気が回らない場合もあるので、薬の種類と量にきちんと留意してくださる病院・先生を選ぶことが重要です。つらい症状から自分で判断できるパワーが無い場合、家族・肉親・パートナーの方にアドバイス・協力してもらうことも大事です。病院・先生・薬の選択が肝です。

病院・先生・薬の選択が適切にできなかった(過去ブログにも書きましたが病院探しはかなりやったつもりですので「出会えなかった」のかもしれません、縁とか運もあるような気がします)私は、なんとか自分を浮き上がらせるために=減薬と効果的な薬による回復のために「入院」という手段をとりました。ほとんど自分1人で決断したので決断するまで長い時間がかかりました(復職することを考えたらもうぎりぎりのタイミングで時間が私のお尻を押してくれました)。

 

そして今日は、会社に復職した15年6月16日から、ちょうど3年になりました。感慨深いです、3年間大きなダメージ受けずに休みもせずによくもったなあ、という思いが強いです。目標はとりあえずあと2年、復職から5年間何も大きな毀損が無いようにしたいです(それ以降も無いようにするのはもちろんですが)。

 

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現在の状況は、体力気力に自信があった時と比べるとせいぜい70%位です。これからも「全快」は無く、とりあえず「寛解」の状態、「だましだまし共存してつきあっていく」気持ちで進んでいきたいと思っています。

とは言うものの、仕事は相変わらず忙しくプレッシャーさらに増えたので、オフの時間も仕事の残像やストレスが頭に残っていることが増えてきました。プライベートを自立的に仕事から離して、リラックス・楽しく過ごすことに頭を使うようにしないと思っております(なかなかうまくできていないのですが...)。

薬はレンドルミン半錠を2日に1回くらいの頻度で眠剤として寝る前に飲んでいます。100%減薬にはそれほどこだわっていません。この程度ならこれからずっとこの状態でもいいかなと思っています。仕事がハードで夜遅く帰ってきたときは深夜になっても頭が熱を持ったままなので、脳を沈静化させて眠気を誘うという効果もあります。これからも少量でうまく使っていきたいと考えています。

 

最近部屋を整理していたら(復職後は買い物や外食や旅行など、物を増やしたり消費することがほとんどでしたが最近整理にエネルギーを使えるようになってきました=上に書いた薬との関係と同じかもしれません)、入院前に通院していた病院とのやりとりを書いていたメモ帳が出てきました。そこの病院のカウンセラーさんとやりとりした箇所には、生活保護を受ける条件について書いてありました。。

 

ここ最近はこれからのキャリアや生活をさらに進めていくこと改善していくことを考えていることが多かったです。それはもちろん大事ですが、今日は復職して3年、数年前の自分では考えることができなかった位置まで進むことができたことに感謝したいです(「戻ったきた」のではなくうつの経験をして違う方向に「進んだ」と思います)

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これから月曜日の仕事の準備を少ししようかなと思ってましたが、、、

明日することにして今日はやめます。W杯を見ながら、今日を噛みしめます。

 

ではでは。