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コヤマングローバルの日記

うつで、入院も経験、2年9ヶ月休職して15年6月から復職した、外資系の会社に勤める者です。うつとよりそいながらの日記や社会・政治・経済・書評・スポーツなど諸々のことを思うままにアップします。

うつうつ日記⑬ <2016年とそれ以前を振り返り、再発防止策について>

 

天æ±

 

こんにちは、みなさま、ご無沙汰しております。

前回のブログが16年1月初め、約1年振りのアップです。

 

*前回で、次はスターウオーズ「フォースの覚醒」についてと書きますと言いました。16年1月から3月にかけて、下書きをしこしこと書いていました。けれども、思い入れ強く論点拡がりすぎてまとまらず、さらに忙しくなって、4月位から下書きのまま、ほったらかしにしていました。そのうちに、DVD販売→オンデマンドとWOWOWで放映→「ローグワン」上映、と進んで、その下書きはお蔵入りすることにしました。なお「フォースの覚醒」は私の16年がっかり映画です^^。

 

私の記事を読んでいただいた方々はご存知だと思いますが、私は約4年間うつで参っていて(11年夏頃発症 / 14年6〜12月入院)、なんとか15年6月に復職しました。

 

復職した15年6月からは、仕事で精一杯になりブログをアップする余裕がなくなりました。15年6月の復職以降は3-4本、16年に至っては1月アップした後、今回が2本目という寡作ブロガー(?)になりました。

 

で、私の記事なんか、もう読んでくださってないだろうと思っていたのですが、今でもけっこう読んでくださっている方がいらっしゃるのに最近気づき、びっくりしました(&うれしかったです)。「うつうつ日記」の記事へのアクセスが多いようです。

koyamanglobal.hateblo.jp

koyamanglobal.hateblo.jp久しぶりのアップは「うつうつ日記」のほうがいいだろうと思いました。

 

◆◆◆◆◆

12月に部屋を(ほんとに)久しぶりに掃除(というより整理かな)していたら、下の写真の、紙とノートが出てきました。うつ真っ最中の、2011年の年末(今から5年前)と、14年の入院中のメモです。

 

■2011年12月25日~31日のメモ (良くなってから書いたと思います)

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このときは浜松に住んでいました。

--------------- ↑上のメモの症状が出るまで↑ ----------------------------------------------------------

2011年:

約2年間に渡る転職活動と、3.11の仕事での対応で、心身の疲労が自分のコップからついにあふれて、症状として出たんだと思います。

 

4月初め:突然の吐き気が続き、10日間ぐらいだって内視鏡検査で逆流性食道炎が発症していることがわかりました。処方されたタケプロンでなんとかごまかしていました。

5月:今度は早朝に目が覚めるように。最初はこれ幸いと外に出てジョギングをしていました。(今ならすぐわかるのですが)いわゆる早朝覚醒ですね。そのときは、うつだと気づくのに、しばらく時間がかかりました。

8月:うつ本格化。会社に行きたくなくなる。リフレックスサインバルタ、いわゆる『カリフォルニアロケット』という組み合わせ、を1回飲んだら、起き上がれなくなって1日半ベッドで寝っぱなしでした。

10月~11月:会社を約1ヵ月半休みました。休む直前あたりから、こわごわジェイゾロフト服用しました。

12月:ジェイゾロフトが効いて少しよくなったので、復職。しかし、下旬あたらいからまた調子が悪くなり、イブにそのときの彼女とレストランに行って、そのあとから急激に悪化しました。。

 

----------そして、上の添付写真メモの症状になっていきました-----------------------------------

25日:吐き気の症状が出て悪くなる

27日:吐き気本格化

29日:収まらない吐き気と、自分がどうなるか分からない怖さで、救急車を2回呼ぶ。

12月にやめていたジェイゾロフト離脱症状では、と病院で言われる。今から振りかえると、ここでSSRISNRIへの拒否感が大きくなり、14年8月のサインバルタの服用まで、全くSSRI/SNRIを服用できなかったです。

30日:自分の部屋に怖くて居られずアパート隣のビジネスホテルに泊まる。夜に体を震わせながら父に「○○たい、○○たい」と電話で連呼してました。

31日:心配した父が浜松に来る。当時付き合っていた彼女と父と3人で、救急外来をしている浜松市三方原聖隷病院に夜にタクシーで駆け込む。セロクエル(初服用)と点滴(吐き気止め)でなんとか少し落ち着く。病院からの帰りのタクシーのラジオで紅白歌合戦が流れてました。アパート隣のビジネスホテルで独りで年越しでした。。

 

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12年1月3日:落ち着いてきて少しづつ食事。

 

12年の前半は、セロクエルでごまかしながらぼちぼちと。劇的に良くなった感じはなかったです。

 

7月:東京本社に転勤(もう浜松事務所勤務が耐えられなかった)。ただ、そこでもパワハラ系上司が居て(それだけではないですが)

8月:症状が悪化、11年の休職期間のようになりました。再び朝起きるのがしんどくなりました。

9月下旬:上旬から朝起きられなくなるのが続き、休み連発。下旬に再休職決断。

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(13年14年前半は割愛します、今までの過去ログご参照下さい)

14年6月下旬:入院(復職締め切りまで1年足らずとなり決心)

14年12月下旬:退院 

15年6月下旬:復職 (約2年9ヶ月ぶり、会社退職寸前のタイミング)

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↓下のノートの写真は、14年入院中の底期のものです↓

■2014年の入院中のメモ。8月と10月。

ほとんど食事のメニュー。これ以外、文字が書けませんでした。。

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10月のメモ(3番目)は底期から脱して回復に向かっているときなんですが、字が異常に細かくて判読難しく、まだ病的ですね。ここらへんが底期と判断できるのは、体重がこの時期から戻ってきていることです(体重はノートに書いてありますが、字が小さくて見つけられないですね・・・)。

入院中は、毎週水曜日の朝、病棟で入院患者さんの一斉体重測定がありました。8月4日が底の44.95キロでした。私は身長はだいたい163センチ、うつになる前は53キロくらいで、もともと痩せタイプでしたが、45キロ未満だともうガリガリです。とにかく食欲はないし、たびたび吐き気で、うつ本格の時は体重増えることがありませんでした。

この14年8月の底に、もうここで手を打たないと復職できなくなる間に合わないと思い、吐き気の副作用覚悟のうえの一大決心をして、サインバルタを試しました。幸いに効いて、ジプレキサとの相乗効果で、食欲回復、14年10月からじりじりと体重が増加していきました。復職後の15年夏くらいには、68キロまでいきました(今は63キロ位)。

 

■近況

おかげさまで、GW・お盆・年末年始の休み以外は、長期休みを取ることもなく、無事に会社勤務を続けております。疲れたな、ちょっと危ない前兆かな?と感じたときに、半休なり、計画的に休みを取って、休養しております。(夜遅くの食事と睡眠不足から、16年初めから逆流性食道炎が再発してしまいタケキャブを飲んでおりますが・・)

  • 仕事:残業毎月20~30時間くらい。弊社はフレックスで朝はゆっくり10時とか10時半に行けます。業務量が多くなり(うつで長期休職だったことはもう全く考慮されていないというか、私の働き具合でみんな忘れている感じ)、遅いときは終わるのが23時過ぎのときもあります。ただ、やはり、夜遅くまでの残業は心身によくないですね。
  • オフ:読書、映画、美術館、旅行、都内レストランめぐり等々。映画館へは15年に引き続き20本くらい。旅行は、神戸/姫路城、出雲大社/松江、しまなみ海道70キロサイクリング/道後温泉、京都/貴船、箱根ウオーキング伊勢神宮/志摩、等々。

 

■過ごしかた

とにかく、16年は貯金は全くせず、お金の力で(散財とも言う)行動してストレスの発散を図りました。お金を使えるのも、復職して勤務続けることができて、キャッシュが途切れる心配がなかったからです。ともすると、また体調崩したらどうしよう?と思いがちですが、なるたけ思う時間をなくす努力=スケジュールを入れることにしました。

疲れていると感じたときは、人と会う&都心に行くスケジュールは控えて、最寄駅のカフェに行って読書して、まったりとした時間も入れてメリハリをつけました。

とにかく休みは一日ずっとうちにいることは避けました。ただ、時々、睡眠不足からだったり、残業のしすぎだったりで、時々めまいや気持ち悪さはでてました。カウンセラーさんからは、「スケジュールちょっと詰め込みすぎですよ」と言われたこともあり、11月くらいから、すこし余裕を持ったスケジュールを組んでいます。

 

■薬

15年終わりくらいからSNRIサインバルタを自分の判断で飲まない日を増やしていき、16年4月くらいからほとんど飲まなくなりました。今はメンタル系は睡眠導入のレンドルミンの半錠のみです。よくここまで来ましたね・・と主治医の先生と会社のカウンセラーの方に何回も言われてます。

以前私がどれくらい薬を飲んでいたかは下の過去記事で。大量服用で、失禁だけでなく、脱○もしました。。

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ちょっと不安感があるなあ、うつになった時に感じになんか似ているなあと感じるのが2-3回、16年中にありました。サインバルタを数日飲んだあと、気づかないうちに飲んでいませんでした。会社のカウンセラーさんに言ったら、「○○さん、それだと、サンバルタ効いている前に(1週間くらいかかる)飲むのやめているから、効いてないですよ、意味ないですよ」と言われてます。

 

■結論:うつから回復したあとの再発防止策(& うつ本格化防止策)

 

*ちなみに、うつ本格期はパワーが全く出てこないので、この対策はがんばってやらないでください。無理にやると逆効果でさらに悪化する危険があります。

うつ本格期は、

①相性のいい心療内科・精神科にかかること(言うの簡単だが見つかるのが難しい)。

②的確な処方箋・薬の服用 (経験的にやはりSSRISNRIの服用かな)

③休養(うつがかなり深いときは入院も視野に、過去ログご参考に) 

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15年6月に復職した後、16年に業務&活動を本格化できた、私の経験から言えるのは以下です(あくまでも私の個人的な意見です)。もし参考になれば幸いです。

 

1.「複線」(佐藤優さん)・「逃げ道」(村上春樹さん)を複数用意すること。

会社やパートナーだけでなく、自分の好きなこと・没頭できるものを探して、自分のアイデンティティーをいくつも用意すること。会社やパートナーとの間でつらいことがあっても、他の場で自分の存在を確認・認めることができる場をつくっておくのが大事だと思います。それは、人が介在するものでもいいし(友達)、介在しなくてもいい(読書、映画などの好きな事)と思います。自分が心地いい場、価値を複数つくることです。

 

2.運動

言うまでもないでしょう。私は、筋トレと水泳を定期的にやっています。ただし、うつ本格期はパワーが全くないので、無理してやる必要はないと思います。

脳を鍛えるには運動しかない!―最新科学でわかった脳細胞の増やし方

脳を鍛えるには運動しかない!―最新科学でわかった脳細胞の増やし方

 

(冗長でページ数が大量なので、読むのはしんどいので、アマゾンレビューをご覧になるだけで十分です。うつにも運動は効果が高いことが書かれています)

 

3.過剰労働は(なるべく)しない。

自戒の意味もこめて。電通の高橋さんの事件の例もあるように(電通社長さん起訴されなかったら逃げ切るつもりでしたね)、あたりまえですが過剰労働はよくないです。うつになったあとは当然気をつけると思うので、どちらかと言えばうつになる前の予防策になります。どんなに自分好きなことや志の仕事でも、過重労働で心身のキャパを超えたら、メンタル と体 が悲鳴を上げます。

働く男 (文春文庫)

働く男 (文春文庫)

 

↑ 16年「逃げ恥」で完全にブレイクした星野源さん  ↑

ミュージシャン、俳優、さらにこの本のようにエッセイもされて、すごい多才な人だと思っていましたが、この本読むと分かりました。仕事一筋、ジャンキー生活で、色々な仕事に自ら飛び込んで、挑戦し続けて成長されて今の姿があるんですね。才能があったうえにこれだけ挑戦し続けるとは・・

あの若さでで倒れたのはなぜだろう?と思っていましたが、明らかな「働きすぎ」だったのです。(レベルはまったく違いますが)仕事への取り組み方は、まさに過去の私が同じでした、そして今の姿勢も。

この本の中で、すごく共感した箇所がありました。やはり働きすぎで体を壊した方は共感できるのではないかと思います。まえがきの一部、ちょっと長いですが抜粋します。

働きたくない。

昔は違った。

働きつづけることが自分のアイデンティティだった。働いてないと不安になり、仕事で出会う人とのコミュニケーションでしか相手に興味がわかず、仕事での達成感のみが生きる希望だった。何をするにも仕事のことを考え、アイデアが思いつくと機嫌が良くなり、難航しているときは常にイライラしていた。少なくとも、今回文庫化されたこの本の書籍版を執筆していた頃、そして校了日までは。

 

 

入稿後、倒れた。

入院してから発売された『働く男』の初版の帯にはこう書かれている。

 

  どれだけ忙しくても、働いていたい。

  ハードすぎて過労死しようが、僕には関係ありません。

 

もちろん、関係はあった。脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血

(途中 略)

 

休養中、『働く男』を読むと別人が書いたもののように感じた。何かに取り憑かれたように、苦しみを、仕事を自分に課しているようだった。

過酷な入院生活で、私は大人になった。仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わった。「仕事がないと生きていけない」ではなく、「仕事って楽しい」「でもなるべくサボって遊んでいたい」という性格に変わった。私は「働く男」から、「働きたくない男」になった。

とはいえ彼を、「働く男」の自分を否定する気にはなれない。

(略)

休んでいても不安は感じない。焦らない。むしろめっちゃ休みたい。今の自分がいるのは以前の自分のおかげであり、彼が殻を破ってやろうと必死になって戦ったからこそ、脱皮した自分がのほほんと暮らしていけている。そう思うようになった。

サボりたい、遊びたい、働きたくないとボヤキながら、実は今も自分は忙しく働いている。しかし前とは比べ物にならないほど、心は落ち着き、楽しく、幸福であり、仕事も充実している。

 

回復した後、仕事に肩の力を抜いて取り組んだら、皮肉にも大ブレイクしたんですね。

 

*余談ですが、、くも膜下出血後の入院生活について、星野さんは「過酷」と書かれているように入院生活かなりつらいようです。

くも漫。 (torch comics)

くも漫。 (torch comics)

 

15年の夏に、興味半分で、この漫画を読みました(映画化されるようですね)。(不謹慎で第三者としては面白かったですが)治るまでの治療が極めて過酷で、自分が当事者だった場合、果たして耐えられるか自信ないです。 

 

 

『働く男』では、闘病生活の辛さについては触れていませんでしたが、別の本を買ったら、星野さん、ちゃんと書いていらっしゃいました。

蘇える変態

蘇える変態

 

P126を境にして、全く違った読み物です。このページ以降は、完全にくも膜下出血の闘病記録になっています。

助かったあとの辛さも半端ないです。『くも漫。』と同じかそれ以上です。同じように集中治療室に入れられ、しばらく吐きまくり。本人も書かれているように「地獄」。

さらに、星野さん、なんと再発も経験されています。2回目は、開頭手術を受けているんですね。。私は、絶対、くも膜下出血にはなりたくないです。くれぐれも「働きすぎ」ないようにしよう。

*しかし、死んだほうがましなくらいつらいことも、前向きに受け止めて、明るく楽しく下ネタも入れて面白く書ける、星野源さんはすごいです・・。

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ちょっと、余談が長くなりました、失礼しました。

再発防止策に戻りますね。

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4.動物性たんぱく質の摂取

食欲がないときや、日本人としての胃腸の傾向として、なかなか取れないかも、ですが、うつ予防策&回復期策として、意識してとるべきではないかと思います。私の場合、うつの前は、ベジタリアンっぽい生活を送っていました。ベジな食生活とうつに、相関関係があるのかはなんとも分かりませんが、私はよくなってきてから、動物性たんぱく質をとる生活をしていたら、やる気・パワーが出ている気がしました。

たんぱく質が脳でポジティブ系の物質に変わり、うつに対しても、いい効果があるとか。運動とたんぱく質はセットで考えましょう(このセットは筋肉も増加させます)。

 

一方で、日本人は動物性たんぱく質摂取の歴史が長くないので、大量&長期の摂取はよくない面もあるようです。野菜果物等の摂取も、バランスいい食事をできればしたいです(あたりまえの結論になってしまいましたが・・)。

日本人と欧米の食事と病気の関係の違いについて、、なかなか興味深かったです。

 

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2017年も無事にいくように、上記項目を外さないようにたんたんといきます。

(17年はもう少しアップしないといかんですね)

 

 

00年のくるりの名曲。もう15年以上前の曲なんですね、、改めて最近聞いています。

 

僕が何千マイルも歩いたら

手のひらから大事なものがこぼれ落ちた

 

翼が生えた

こんなにも悩ましい僕らも

歩き続ける 歩き続ける

 

ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって

こんなにもすれ違ってそれぞれ歩いてゆく

 

2017年がみなさんにとっていい年でありますように。